
この流れ造りの本堂以外は、鰐口も常夜燈も賽銭箱も何の設備もありません。
唯一、「観世音」と記された篆額が掲げられています。
お堂の中を覗いて見ると、観世音菩薩らしき像が安置されています。
観世音菩薩とは一般に略して観音様と言っているのと同じです。
観世音は、衆生の人びとの声である「世音」を「観」ずる、聞いたり見たりしてくれるという意味。
「菩薩」は「如来」が変身した姿で、人の心の姿を映し出し、間違った心を気づかせてくれるといわれます。
それは人びとを救わんとする仏の大慈悲の働きということです。


ここにも大師の祠がありました。
番号は画像をクリックしてみてください。

観音堂の左手には13基の石祠が並んでいます。(左写真)
観音堂右手、大師の祠の隣には、ブロック塀に沿って、なんと29基もの石塔がズラリ(下写真)。
平成5年(1993)12月3日発行の利根町史第5巻には、
庚申塔 元文2年(1737)ほか石塔類17基とあり、
またしても数が合いません。
ここ10年の間に、どこからかここに集めて設置したものなのでしょうか?


写真の整理をしていたら・・・。
右から6番目の石塔が1基なくなっていますね。
後に倒れている・・・感じには見えないですよね。
現在の更新日(07/06/18)よりまだ1ヵ月半程度前のことですが、はて撮ったとき気がつかなかったのかしら?
・・・ああ、少し思い出しました。撮影時、ちょっと帰宅を急いでいたようです。
前の写真(上参照)とくらべると他に背景の樹もなくなっていますね。
樹はともかく石塔が消失するなんて、どんな理由?
さて、どうしたのでしょう?今度再訪して見てみましょう。
(07/06/18追記)(05/10/23)(撮影07/05/05・05/07/17)
07/07/08に再訪問して、確認しました。当該石塔のあたりに近づいて見てみると・・・。

なんと、後に倒れていますね。
重みで草の中に埋もれてしまっています。見えますか?前の写真で後に倒れているように見えなかったのは、後方が少し傾斜で低くなっていたからのようです。もう大分前からこうなっているみたいですね。
風かなにかで倒れてしまったんでしょうね。だれかが直してやらなければずっとこのままでしょう。
では、タヌポンが・・・よいしょっと。ちゃんとセメントかなにかで台座に固定しないと、また倒れてしまいそうです。
とりあえず、石塔の底の背後に小石をかませておきましたが、このままだとまた倒れてしまうのは時間の問題かも知れません。

ということで、とりあえず、めでたく13基、復元しました。
ときどき見に来て倒れていないか見てみますかね。
(07/07/08)(撮影07/07/08)