タヌポンの利根ぽんぽ行 観音堂

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観音堂


下曽根の文小学校前に大通りを挟んで南に下る小路があります。
それを少し進んで右にカーブするコーナーにあるのが観音堂です。

ここには、お堂を挟むようにして両サイドにたくさんの石祠が並んでいます。
左に13基、右にはなんと29基もあります。
また、ここでも四郡大師の祠を見つけました。

注意)この観音堂は、実は上曽根と下曽根地区の境にあり、
正確には上曽根に属し、上曽根下坪と言われる所在地になるようです。
ここでは、下曽根・下井地区の項目に入れました。


タイトル画像は2画像のjavascript処理をしていますが、IE以外では固定1画像のみの表示となりますので、以下、2画像のミニ画像を再掲します。(クリック拡大できます)

観音堂 観世音菩薩

利根町西部マップ



観音堂と観世音菩薩

観音堂

この流れ造りの本堂以外は、鰐口も常夜燈も賽銭箱も何の設備もありません。
唯一、「観世音」と記された篆額が掲げられています。

お堂の中を覗いて見ると、観世音菩薩らしき像が安置されています。
観世音菩薩とは一般に略して観音様と言っているのと同じです。
観世音は、衆生の人びとの声である「世音」を「観」ずる、聞いたり見たりしてくれるという意味。
「菩薩」は「如来」が変身した姿で、人の心の姿を映し出し、間違った心を気づかせてくれるといわれます。
それは人びとを救わんとする仏の大慈悲の働きということです。

篆額 観世音菩薩

四郡大師64番

大師64番

ここにも大師の祠がありました。
番号は画像をクリックしてみてください。



左右に全42基の石祠群

石祠群

観音堂の左手には13基の石祠が並んでいます。(左写真)

観音堂右手、大師の祠の隣には、ブロック塀に沿って、なんと29基もの石塔がズラリ(下写真)。

平成5年(1993)12月3日発行の利根町史第5巻には、
庚申塔 元文2年(1737)ほか石塔類17基とあり、
またしても数が合いません。

ここ10年の間に、どこからかここに集めて設置したものなのでしょうか?


石祠群

1基消失?

石祠群

写真の整理をしていたら・・・。
右から6番目の石塔が1基なくなっていますね。
後に倒れている・・・感じには見えないですよね。
現在の更新日(07/06/18)よりまだ1ヵ月半程度前のことですが、はて撮ったとき気がつかなかったのかしら?
・・・ああ、少し思い出しました。撮影時、ちょっと帰宅を急いでいたようです。
前の写真(上参照)とくらべると他に背景の樹もなくなっていますね。
樹はともかく石塔が消失するなんて、どんな理由?
さて、どうしたのでしょう?今度再訪して見てみましょう。



(07/06/18追記)(05/10/23)(撮影07/05/05・05/07/17)


1基消失?の解決

07/07/08に再訪問して、確認しました。当該石塔のあたりに近づいて見てみると・・・。

倒れた石塔

なんと、後に倒れていますね。
重みで草の中に埋もれてしまっています。見えますか?前の写真で後に倒れているように見えなかったのは、後方が少し傾斜で低くなっていたからのようです。もう大分前からこうなっているみたいですね。
風かなにかで倒れてしまったんでしょうね。だれかが直してやらなければずっとこのままでしょう。
では、タヌポンが・・・よいしょっと。ちゃんとセメントかなにかで台座に固定しないと、また倒れてしまいそうです。
とりあえず、石塔の底の背後に小石をかませておきましたが、このままだとまた倒れてしまうのは時間の問題かも知れません。


13石祠群

ということで、とりあえず、めでたく13基、復元しました。
ときどき見に来て倒れていないか見てみますかね。


(07/07/08)(撮影07/07/08)