タヌポンの利根ぽんぽ行 羽中の観音堂

TOP・探訪目次>羽中の観音堂


目  次



関連リンク


布川から取手東線を東に向かい利根ニュータウンを抜けて羽中の交差点を右折する道。
それは最初は 利根七福神 の寿老人が置かれた 応順寺 を訪ねるために通りました。
その同じ道の途中に2ヵ所、少し左(北)に脇道を入ると見所があることが分かりました。
その見所ポイントとは、稲荷大明神・羽中集会所があるところと観音堂などがある一角です。

当初、それらを「羽中の稲荷大明神ほか」というコンテンツでまとめて紹介しましたが、
それぞれの内容の拡大にともなって、2つに分離し、再編成することにしました。
ここでは、そのひとつである、「羽中の観音堂」をお届けします。


利根町中南部マップ

利根町中南部マップ

羽中の観音堂

観音堂入口

取手東線の県道から右折して応順寺に向かう途中。
最初に見つけた左への脇道にあるのが観音堂。

少し広場のようになっていて、
四郡大師のようなお堂が見えます。

ほかにお墓などもあるようです。
墓地なのでしょうか。

観音堂

観音堂

一見、四郡大師堂かと思いましたが、
なかをのぞいて見て
ちがうことが分かりました。
堂自体には何も書かれていないので
なかにこんな優美な観音像があるとは
想像できませんでした。
外見も質素、で嵌め殺しの格子窓。
光の具合によっては遠目では
なかに何があるか見えないのですね。
ちょっともったいないですね。
せっかくの観音像ですから、
もっとよく見えるような工夫と
説明があればいいのにと思いました。
それとものぞいて少し見える、
というのがご利益があるのですかね。

観音像

観音像

なかなか美しい観音像ですね。
右側の花瓶にある花は、どうも造花のようです。
いつ来ても同じですから。なんといっても嵌め殺しですからね。
掃除などどうするんだろう?

像の下に「観世音」の額もあります。
本来はこれが外に飾られるのでしょうか。

さて、ここでひとつ勉強しましょう。

観音様と弁天様(観世音菩薩と弁財天)のちがい

ちがうことは分かっていても、さてどうちがうのかと聞かれると、
説明できない、というのがほとんどですね。
タヌポンも実はよく分からないというか正しく説明できません。
ちょっと勉強してみましょう。

でも、その前にご注意。「タヌポンの利根ぽんぽ行」は
したり顔で皆さんに知識を説明するサイトではなく、
いかにタヌポンが知らないかを自ら認識するサイトです。
いまから説明することもほんの少し、本か何かで調べて
タヌポン自身がなるほどそうだったの?と思ったことを
「そうらしいですよ」と紹介するだけですから、
勘ちがいも(書き写しまちがいも)あるかも知れません。
何かの論文を書くときなどにはコピペなどしないでくださいね(笑)。
ご自分でよく調べるのが肝要です。
では。

観音とは

観音・観音菩薩・観世音・観世音菩薩・観自在菩薩・・・いずれも同じです。
同じですが、なぜ別名がこんなにあるのか、ということを調べていくと少し観音の意味が分かってくるかも知れません。
観音とは、仏教の菩薩のひとつで、サンスクリット語ではアヴァローキテシュバラ(Avalokiteshvara)と言います。
こんな言葉、聞いたことないですよね。えっ、知ってます?すごいですね。では、菩薩とは何か分かりますか。

菩薩とは

ほんとに困りますね。何も知らないと。何かを説明するための言葉がまた分からないわけですから。
えーーと、菩薩とは・・・ボーディ・サットヴァ(bodhi-sattva)の音訳がボサツ。これもサンスクリット語、いわゆる梵語です。
「菩提薩埵(ぼだいさつた)」の略。(えっ、そうだったの?)菩提とは悟りのこと、薩埵とは(それを求めて)修行する人の意味。
前に道了薩埵というお坊さんの話をしました(来見寺道了堂参照)が、こんな意味だったわけですか、なるほどねえ。

ということで、菩薩とは、「悟りを求める人」という意味になります。
これには階層があって、仏が第1位で、菩薩は仏に昇進する前の段階に当たるということです。
また、悟りを求めて修行するといっても、実はそれ(「上求菩提」=自らが真理を悟る)だけでなく、
「下化衆生」=苦しむ他の人々と共に生きる、という二大誓願をもって生きる人間を指すということです。
自分さえ悟ればいいというのではなく、その悟りを、困っている人を助けるために活かす、
ということもしないと菩薩であるとは言えないというわけです。

また、観音菩薩とはとくに女性だけではないのですね。でもどうして観音様というと女性の像ばかりになるのでしょう。
この辺りに人間の弱さをなんとなく感じますね。

これで菩薩という意味はなんとなく分かりましたね。すぐ忘れますけどね。忘れたらまたここを読み返しましょう。
(ああ、狸の巻物、仏教編も少しずつまとめなきゃあいけんなあ。まだなにも手付かずだからなあ・・・)

観音、観世音、観自在とは

えーーと戻りまして、観音とは菩薩のひとつ、ということで、観音菩薩ともいうわけです。
そこで、観音という意味ですが、本来は観世音という言葉でした。ですから観音菩薩と観世音菩薩とは同じわけです。
では、観世音の意味とは何かということと、なぜ観世音が観音と省略されたか、ですが、省略のほうを先に説明します。

これは、唐の時代、二代目皇帝が李世民という諱(いみな)だったためです。
つまり避諱により、「世」の文字が使用できなくなったのです。
唐時代以後の中国ではそれ以来、観音菩薩と呼ばれるようになったというわけです。
日本で観音様になったのかと思いましたが、観世音のほうがむしろ日本で残っているわけなのですね。
ただ中国でもすべてが観音に移行するのに抵抗する人がいたらしく、
よく似た発音で観世音の代わりに観自在という言葉も使われ始めました。
そういうことで、観自在菩薩も同じ意味になるというわけです。

さて、それでは 観世音という言葉の意味 ですが、「世の音を観る」ということです。
深遠な仏教哲学をそこに感じませんか?この意味は皆さんで考えてくださいね。
では、このへんで。あっ、まだありました。すぐ忘れてしまいます。次に弁天様ですね。

弁天様とは弁才天のこと

弁財天とも書きます。どうして2つもあるのでしょうか。これは以下、要点を箇条書きにしてみます。

弁天様は女神ですから女性限定です。
本来は弁才天が正しく、七福神など「財宝神」としての性格が強いところでは弁財天となります。
神道色が強いところでは、水辺、島、池など水に深い関係のある場所に
市杵島姫命(宗像三女神)が祀られる傾向が強いようです。
「日本三大弁才天」と称される神奈川県江ノ島、滋賀県宝厳寺(竹生島)、広島県厳島神社などがそうです。

以上、観音様と弁天様でした。ご参考まで。

弁財天宮の石祠

これは道路からここに入って最初にある石祠です。正面では何も分からないのですが、右側面に「弁財天宮」とあります。
宝暦3年(1753)7月に建立(写真クリックすると読めます)。

弁財天宮の石祠 弁財天宮の石祠右サイド

仏塔群

石塔群

左の写真は、入り口少し入ったところの右奥のコーナー。
たくさんの石塔が並んでいます。
これは庚申塔ではなく仏教関連の供養塔のようです。
墓碑というのもあるかも知れません。

羽中の大師

ここにも大師がありました。瀟洒。像が1体安置されています。番号札は見当たりませんでした。

観音堂の大師 観音堂の大師像

馬頭観世音

大師堂の左隣りに石塔があります。以前はよく見てなかったのですが、石塔をしっかり見ると、馬頭観世音と記されています。
また、石塔の右サイドには、「明治」の文字だけ判別できました。

馬頭観世音

さて、馬頭観世音とはなにか、ですが・・・。
Wikipediaでは、以下のような説明があります。

梵名ハヤグリーヴァ (हयग्रीव [hayagriiva])は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。観音菩薩の変化身(へんげしん)の1つであり、六観音の一尊にも数えられている。観音としては珍しい忿怒の姿をとる。

観音菩薩の意味を知っていると、少し分かりやすいですね。
変化身の意味は、「仏が衆生を救うために、姿を変えて現した身」
ということですが、姿を変えなければ救えないのかと素朴な疑問。
さて、こうなると、六観音とはなにかが知りたくなりますね。

六観音とは

六観音とは、六道輪廻の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救う、という考えから生まれたもの。
ちなみに、六道輪廻の思想とは、あらゆる生命は6種の世界への生まれ変わりを繰り返すとする考え方を言います。
それでは、六道=6種の世界とはなにか、六種の観音とは具体的になにか、ということですが、
六種の観音は、真言系と天台系では若干のちがいがあります。六道との組み合わせを以下、表にしてみます。

六道と六観音

六道 地獄道 餓鬼道 畜生道 修羅道 人道 天道
観音(真言系) 聖観音 千手観音 馬頭観音 十一面観音 准胝観音 如意輪観音
観音(天台系) 聖観音 千手観音 馬頭観音 十一面観音 不空羂索観音 如意輪観音

六道や各観音の詳細な説明は、また別の機会にしましょう。馬頭観音は、要するに「畜生道」担当ということですね。

お供え台

お供え お供えUP

9月初めの頃に訪れたとき、何か見たこともないものが置かれていました。
墓参りなどほとんどしない親不孝なタヌポンですので、このようなものは初めて見たわけです。
焦げて黒くなっている箇所があるので、これは線香を立てる台になるのだろうと想像しました。
しかし、この時期、あちこちの寺院等でこれと同様のものを数多く見かけたので、
あるところで主婦の方にこれは何かを尋ねました。すると・・・。お供えをのせるのだそうです。なるほど。
「で、お線香などもここで?」
「線香はこの上ではあげないわねえ」
「えっ?そうなんですか?」
そりゃそうですよね。不安定で、たてようもないし・・・。うーーん、ではあの燃えていた痕跡はいったい何?

→ いま思いました。燃えていた痕跡ではなく、わざと穴を開けた。用途はそこに花をいける、そんな感じでは?


(11/02/09 再構成) (06/05/09) (撮影 05/04/23・05/09/10・11/02/05)