タヌポンの利根ぽんぽ行

TOP・探訪目次と新着情報

「タヌポンの利根ぽんぽ行」へようこそ!
みなさん、タヌポンの棲む利根町およびその近郊の見所を紹介します。
利根町は茨城県の南端にあり、千葉県との県境に利根川が流れています。
人口2万人程度の町ですが意外と面積は広いのです。
のんびりとした田園風景が多く、仲間のほんとのタヌキも棲んでいます。

このTOPページでは、新着情報や各見所の項目を探訪目次として掲載。
探訪地図は、利根町全体と各地域の詳細マップ等を掲載していきます。
狸の巻物とは、探訪に役立つ情報。これも少しずつ増やしていきます。
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TOPICS

蛟蝄神社新社殿の天井画

拝殿には藤田飛鳥氏の龍神、奥の幣殿には、日本画家の石村雅幸氏など3人の画家によるそれぞれ4作の四季の天井画12点が描かれています。

蛟蝄神社幣殿天井画

最新更新とtwitter

17/01/25 神社前の道標を兼ねた十九夜塔。その道標の詳細が、塔が地中に沈んでいていままで読み込めていませんでした。

16/09/08 奥の宮のボリュームが増えたので、祭事と記念事業経緯を別構成にして新規UPしました。

16/09/08 石造物再調査も時間がかかりましたが、神社の由緒・起源について、新しい発見もいくつかあり、その構成に時間を要しました。

16/09/08 再調査が最後になってしまった蛟蝄神社。8月末にほぼ更新作業を済ませたのですが、奥の宮更新とのからみで9月UPに。

16/08/03 昨日同コンテンツに十九夜塔を追加UPしたばかりですが、ほかの項目の不備が気にかかり急遽、調査し更新。

16/08/03 諦めていた崖の上の石祠。強力なナビゲーターのおかげで調査を。それよりも拝殿左の見落としていた石塔を指摘され、えっ?

16/08/02 天神宮のすぐ近くの無縁墓地。そこで貴重な十九夜塔を発見しました。これで利根町の十九夜塔は全62基。その半数以上が江戸初期の造立です。

16/07/31 また根本さんの案内で1基発見。廻国塔はこれで29基。利根町ではこれがすべてと思いますが・・・。

16/07/29 ちょうど1年前に再調査していたのをいまごろ追記。いや、もういちど調べる必要も感じていたので・・・。

16/07/28 懸案のコンテンツ。不明もしくは曖昧な調査に終わっていた石塔が各種あり、掘り起こし作業も含めてようやく。神社鳥居や手水舎改築事業の経過もあり、再構成も行いました。

16/07/20 全体的にかなりのボリュームがあり、それらの再調査と修正追記、再構成に時間がかかりました。境内西の無縁塔の1300基に注目し、一部ですが、新規に石仏を発見。

16/07/09 多数の古い十九夜塔や珍しい日記念仏塔も新発見。新規に「無縁塚」の項目を追加したほか、全般的に再構成。(7/20にも追記)

16/07/03 石仏の再調査で、子安観音塔ばかりあるのに驚きました。

16/07/01 ページボリュームが小さいのでわずかな更新です。

16/06/29 一昨年上棟式、昨年落慶式典、いずれも参加できず、新・本堂も今年になって初めて拝見、という体たらく。でも、ようやく、全般的に再調査更新。

16/06/24 6月1日に再調査の上、更新したばかりですが、その後、同地区にて根本さん情報が数多く提供され、4項目の新規発見を。

16/06/23 根本寺共同墓地にある宮本氏祖先神霊碑を立てた宮本天庸の石碑がすぐ北の道路沿いにあることを発見(根本さん情報)。碑陰の読み込みというかタイピングに時間を要しました。

16/06/21 やじり塚で、当初見つけてその後見失っていた石塔2基。根本さん情報により、まだ存在していることを知り、さっそく再調査。

16/06/21 南北にポイントが多いコンテンツ。再調査、昨年分を合わせて4度行い、ようやく。地中埋まった石仏掘り起し等で汗を掻き少しダイエットも。

16/06/14 一昨日は加納新田1でしたから、当然2も。同じ時期に再調査しましたので。

16/06/12 利根町最東部の加納新田。自宅から遠いので、早く先に再調査をしておきたかったのですが、やっと。まずは1から。

16/06/09 懸案の地蔵菩薩の刻像塔。濡れ雑巾やタワシで光背の左右を擦って、なんとか銘文を読み込みました。全般的に追記・更新。

16/06/06 水神宮移転後に、と思っていたのですが、逆にいまのうちにしっかり精査したほうがと。見落としていたポイントが多々あり、従来コンテンツより大幅に追記更新しました。

16/06/02 これも石造物再調査が目的。利根町限定なので、「その東」の河内町分は別の機会に。

16/06/01 石造物再調査を目的として訪問。大地震後に倒れたままになっている石仏を検分するのにひと苦労しました。

16/05/28 根本さん情報の最大のポイントである「岩井城と御岳塚」周辺の詳細をまとめました。ほかに本コンテンツでの未調査の霊神碑や石仏等の詳細も再調査し、全面的な更新を行ないました。

16/05/23 これも石造物再調査が目的でしたが、新発見はほとんどナシに終わりました。写真の差換えなど。

16/05/22 石造物再調査が目的で久々に訪問すると想定外の変化に遭遇することもあります。

16/05/21 未調査だった境内の石造物の撮影・調査と、全面的な微修正を。

16/05/20 石仏再調査の一環で全面的に修正・追記。ここにも、根本さん情報第7弾として石仏1基新発見があります。

16/05/15 根本さん情報第6弾。この石祠のある小径もいままで通ったことのない盲点の道でした。うーん、見落としが多いなあ。

16/05/14 根本さん情報第5弾の石祠新発見を機会に、泉光寺の石仏全般を再調査。その過程で、いままで見つけられなかった「消えた庚申塔」も再発見。随所に追記・修正を加えて再構成しました。

16/05/06 一昨日コンテンツ内で「羽中の庚申塚」をUPしましたが、その補足調査のついでに、コンテンツ全体を再調査。あらたな発見を含め、各所で更新しました。

16/05/04 根本さん情報第4弾。この庚申塚のある小径もまったくの盲点でした。フルキャストの庚申塔と廻国塔の発見が大収穫です。

16/05/03 根本さん情報2016年第3弾。道路脇のこんなポイントをうっかり見落としていました。

16/05/02 これも根本さん情報のおかげ。これからしばらくは、氏の成果を掲載していきます。こんなところに墓地があったとは・・・。

16/04/29 なんと8ヵ月振りの更新。ホントにご無沙汰でした。強力な情報提供者のおかげで数多くの未発見の石仏の紹介が滞っています。これから少しずつ・・・。

15/08/24 石仏関係再調査による修正と追記。画像差換えなど。

15/08/11 再編成というより、かなり大幅にデータ修正・追記しました。

15/07/26 惣新田1と併行して再編成、追記しました。

15/07/26 惣新田地区は4月末に再調査をしたのですが、ほかのコンテンツの更新の後になってしまいました。惣新田1と惣新田2にタイトルを変更し、再編成。

15/07/04 鎌倉街道コンテンツ更新が一段落したので、再調査済みの写真整理。まず手軽な泪塚から、と、意外に時間がかかってしまいました。

15/06/30 やっと懸案の新ルート発見コンテンツをUP。ここのところ既存ページの追記・修正ばかりで、新規ページを作成したのは実に久々です。そのかわり、少々準備に時間を要しました。

15/06/16 再構成というほどではありませんが、かなりの部分、追記・修正しました。ほとんど鎌倉街道内の王子神社関連です。

15/06/12 このコンテンツは鎌倉街道の中心部の紹介ですが、新ルート発見の News と若干の追記を。

15/06/12 これも主に、鎌倉街道ルート近隣の毘沙門堂・天満宮などの施設等についての修正・追記を。

15/06/10 鎌倉街道というより、関連掲載の奥山集会場石仏に関して再調査・追記。

15/06/09 初期の発見時から鎌倉街道はかなり変化してきています。今回地元の方の貴重な新ルートやポイント情報を踏まえて再調査。まずは既存コンテンツから全面修正追記しました。

15/05/25 祭神としての石祠ほか拝殿内の庚申塔等の石造物について再調査し追記・修正しました。

15/05/13 石造物等再調査に伴い、従来のコンテンツ2ページの叙述構成の見直しをし、新タイトルでの2編の追記・再編成を行ないました。

15/04/25 佐竹街道については追記はありませんが、一里塚・地蔵堂・稲荷大明神の各石造物に関しては、再調査で大幅に修正・追記しました。

15/04/20 ここも再調査する石造物は4.5基程度なので、若干の更新です。

15/04/18 紹介する石造物はわずかですが、再調査で誤謬も若干見つかり修正、写真もいくつか差換えしました。

15/04/14 元々の内容が希薄のうえ、短い再調査時間だったので、ほんの少しの追記です。

15/04/13 主眼としていた石仏の再調査は準備不足で延期しましたが、それ以外は全般的に見直しし、追記再構成しました。

15/04/10 石造物の検分をし、本堂左奥の無縁墓地での探索で新たに2基発見追加。全般的に細かい追記・表題変更、写真の入替等も。

15/04/08 布川山王の庚申塚の再調査を中心に、各項目の細目について修正・追記しました。

15/04/06 白山神社よりも四季の丘にある更新塚の石仏個別細目を中心に再調査、追記しました。

15/04/03 全石造物を再調査し、法量の測り直し、誤謬等を訂正。不足カットも追加で掲載。

15/04/03 石造物データ更新は諏訪神社2中心ですが、諏訪神社1でも若干。わずかな追記と、章の順序の入替等も。

15/03/31 新たに延べ3日ほど訪問し、再撮したり、銘文の再解読も。多くの誤謬も見つかりました。

15/03/31 石造物データ掲載が目的なので「大平神社2」がメインの改訂ですが、この1でも新項目など追記。

15/03/28 久しぶりに再調査するといろいろな間違いにも気づきます。「力石」などの追加記事も。

15/03/26 石仏サイズの追加や、様式を統一した程度のわずかな変更。

15/03/25 小規模の写真差換え、石仏サイズ追加等ですが、コンテンツ名を弁才天から弁財天に変更。

15/03/24 石仏銘文の解明に加え、新たな項目、新しい石造物の建立のニュースなど、全般的に再調査のうえ、追記更新。

15/03/24 全般的に誤謬の訂正、写真の差換え、石仏サイズの追加等々、微妙ですが、更新しました。

15/03/22 石塔サイズを計測しデータを追加。ほかに若干の追記と修正も。

15/03/20 昨日のミニ修正より少し内容が多いかな、という更新。道祖神の逸話など新記事も追加。

15/03/19 「読誦塔」と分類していた誤謬を訂正し、廻国塔としての情報をあわせて追記しました。

15/03/19 もうサイト自体が7.8ヵ月ぶりの更新。しかもわずかですが、まあ、手始めに。

14/07/16 石造物データの更新を目的に再調査し、追記。旧名「下曽根新田」と「下井」についての新たな疑問も・・・。

14/07/14 利根町最多の石仏42基の再調査を行ない、新たに2基の内容を追加。ほか若干の修正・追記。

14/07/03 これも、主に石造物を中心に、再調査・再撮・確認し、修正・追記。

14/06/30 主に石造物を中心に、全項目を再調査・確認し、修正・追記しました。写真の追加等も。

14/06/26 主に石造物に関して、全項目を再調査・確認し、修正・追記しました。

14/06/21 主に石造物に関して、全項目を再調査・確認し、修正・追記しました。項目は入口石塔と上曽根集会所境内の石仏四郡大師57番上曽根共同墓地の石仏群

14/06/18 主に石造物に関して、全項目を再調査・確認し、修正・追記しました。

14/06/15_17 これは特記するほどのこともないほんの一部の修正・追記。6/17にもう少し追記。

14/06/05 「五大明王の石碑」の書家について追記。ほかに疑問点なども。

14/06/04 如法院不動堂に続いて、琴平神社境内の石造物を3日かけて再調査。関連項目全般で追記・修正しました。

14/05/30 5/28が不動尊の祭礼日。不動明王等が開帳されるというので撮影に。ついでに、境内の石仏を2日かけて再調査。

14/05/26 いつかもう少し詳しいものを、と思っていました。地元での説明のために作成。

14/05/21 わかりにくいので表にしました。

14/05/19 そもそも、最初に作成すべき筆頭メニューでした。何かが足りないとは思っていたのですがね。一連のメニューページの書体等も変更。

14/05/18 ここでしか見られない奇妙な「注連縄」の名前が判明。ほかに釈迦如来像を大日如来像に修正。

14/05/18 庚申塔7基は、庚申塔6基+愛染明王塔でした。ほかに、庚申塔のいくつかは珍しいものであることを知りました。

14/05/18 富士山の線画のことを言及していませんでした。これは「江戸初期から利根町にも富士信仰が存在した証」とのこと。

14/05/18 石田年子氏によれば、利根町で見られる石仏は古く貴重なものがあるということです。

14/05/17 野田市在住の歴史・民俗・石仏研究家の石田年子氏よりコンタクトがあり、数多くのご指摘をいただきました。これから5項目はすべて氏からご教授いただいたものです。

14/04/17 昨年末に訪問した時は、鳥居も新しくなり、手水舎の一部もできていましたが、手水鉢はまだでした。やっと訪問して撮影。

14/04/16 『利根川図志』で現利根町について主に記されているのは巻3。当初、水神社の記述がないなあと思っていましたが、巻2の最後にありました。

14/04/12 『利根町史』などで「子がいなかった」とされている利根町の俳人・古田月船。そのことと墓碑等から月船の実名は古田和右エ門と推定されてきました。しかし、その定説を打ち破る史料が発見。

14/04/10 パソコントラブルで久々の更新。蛟蝄神社拝殿等改修工事がいよいよ始まり、きょうは、まず拝殿内の絵馬等の取り外し作業が行われました。そこで判明したことをひとつ。他の数多くの額等は今後少しずつ撮影させてもらう予定。

13/11/29 応順寺墓地の月船碑・東山碑を詳述するとともにほかの墓碑も多数追加紹介。またコンテンツ全般で修正・追記・画像差替等を。

13/11/23 『北相馬郡志』に福木・真福寺の不思議な逸話が、同地出身の野口如月によって記されています。その真福寺も廃寺となり、いまは共同墓地。銘文のある石碑等を調べてみました。

13/11/21 前に調べた上曽根の飯島利庸墓碑との関連で、羽中にあるという共同墓地を探したのですが、当初の目論見ははずれて・・・。

13/11/20 例の大震災で倒壊したのか不明ですが、昨年末に新築されているのを発見。ほかに手水舎の新築も。

13/11/20 立崎共同墓地は元龍造寺境内。ここに見ごたえのある大桜があったとか。また入口すぐ右に利根町でいちばん古いといわれる筆子塚を見つけました。

13/11/19 瑞雲寺霊園(加納新田共同墓地)を再訪問。不明だった石仏が判明ほか従来記述全般に追記。写真も差し替えしました。

13/11/16 サイト開設当初から利根町の施設として存在していた「柳田國男記念公苑」。利根町紹介なら第1にこれを取り上げるべきなのですが・・・。どうも「第2の故郷、利根町」に違和感を感じていました。でも、ようやく。

13/11/03 菊池翁壽臧碑を再撮し、白文読み下ししました。

13/11/02 客殿に所蔵されていた玉峨筆による屏風を見せていただきました。

13/10/30 難字の解読等、新たに判明したことを修正、追記しました。

13/10/29 紀念碑には200字ほどの白文が彫られています。「紀念」の意味を確認するためにもその翻刻にチャレンジ。

13/10/27 新たに来見寺関連の文化人の章を設け、既掲の「赤松宗旦の墓」をここに移設、新規に「小川東作関連の墓碑」を紹介。

13/10/25 一夢斎の寿蔵碑では、側面や裏面の碑文の詳細を追記。ほかに久保田家に関する2項目を新規に追加。

13/10/24 来見寺ページボリュームが増え、さらに今後追記する箇所も予定されるので、浅間神社の項目を独立分離させました。

13/10/22 琴平神社ページ内でのいくつかの追記。ほかに篆額なども若干追記。画像差し替えなども。

13/10/21 沼薬師如来に隣接した上曽根共同墓地に、永々斎の号を相伝名とした大野以兄などの文化人の墓碑があります。また、難航した飯島利庸墓碑探索で思わぬ発見を。

13/10/16 六阿弥陀供養塔に彫られた銘文の白文と読み下し文。台石部分等々、写真の再撮も含めて追記。

13/10/16 ほかに十五夜塔や記念碑、富士浅間大神等々、石碑の裏面や建立年など未調査の部分を一部調査追記しました。しかし、細部はやはり蚊のいない晩秋以降に延期せざるを得ませんでした。

13/10/13 徳満寺本堂(地蔵堂)正面左右の上部に掲載されている扁額と句額。扁額は揮毫者の新発見を追記、句額は入集全99句を新規解説。さらに、まったく無関係のこの扁額と句額にある偶然の新発見が・・・。

13/10/11 石碑の損傷が少なく文字が読みやすい・・・と思ってとりかかったら、難しい文字がたくさん。文章自体もなかなかの難物です。

13/10/08 利根町唯一の芭蕉の句碑である楳華碑。しかし、正しく芭蕉の句かどうかが不明。文献の謎もあります。

13/10/07 不明な石碑でしたがようやく。

13/09/25 下曽根の厳島神社そばの墓地に、当地出身の文化人の寿蔵碑が建てられています。

13/09/24 蛟蝄神社奥の宮境内の菊池翁壽臧碑に追記。菊池清輝が菊池延年の名で幕末の文化人名簿に掲載されています。

13/09/24 北澤官知関連の記事を追加し、小川芋銭河童の水車碑と合わせて、新規に「横須賀と文化人」の項目を作成。

13/09/18 総州六阿弥陀詣の納経所来見寺境内に立つ「仏説阿弥陀経碑」の詳細(石碑裏表の白文・読み下し・現代語訳・用語解説など)。コンテンツ 総州六阿弥陀詣 の資料編です。

13/09/06 根本寺隣りの押戸共同墓地探索の追加分。

13/09/02 大房・押戸から次は、中谷地区の文化人の墓碑探索。ここに下總諸家小傅という古文書の撮影を含めたので、また別件もあり、全部をUPするのに時間がかかりました。

13/08/24 大房からこんどは押戸の共同墓地探索。今回は、数も少なかったのですが、すべて難なく見つかりました。

13/08/17 大野野人句碑の探索から法印鑁全の石碑等全7基。「田舎の江戸よ」と言われた大房文化人の足跡を調べてみました。

13/08/15 吉浜隨立院碑・山田松翁歌碑など境内の9基の石碑について追記。ほかに境内施設リンクマップも作成。

13/08/05 来見寺南にあったポイントを2件、追加。

13/08/05 不明の石祠の由緒が判明したので、その撮影がてら鳥居やほかの額等も合わせて撮影・追記。

13/08/04 ある目的をもって8年半ぶりに鎌倉街道のルート6を、こんどは下から登ってみました。

13/08/03 またしても藪蚊に無数に刺されながらの無謀な踏破のあとのミニ効果と、追加発見。神木の項目も若干追記。

13/07/29 豊島昌三家に残る元禄時代の句巻について、1ヵ月半前に新規UPしたコンテンツでしたが、このたび聖徳大学教授中野沙恵氏のご協力により関連論文を拝読できることに。それにもとづいて大幅に内容を改訂しました。

13/07/26 気になっていた銘文をもういちど確認して、新発見も。

13/07/25 もう、ないと思っていましたが、見落としもあるものですね。上曽根地区で日枝神社発見です。翌日、再訪問してさらに追記。

13/07/21 石碑関係の銘文等をもっと正確に撮りなおして修正を加えました。

13/07/18 ページが重くなったので、とりあえず2ページに分離させました。

13/07/18 昔の町広報誌の逸話を見つけました。ほかに下井地区の旧名やイボ神様石祠の遷座の事実なども追記。

13/07/14 小川芋銭をこれまで取り上げなかったのはいろいろな要因がありましたが、ようやくここに。利根町芋銭研究会の方にたいへんお世話になりました。

13/07/09 初めての参加です。しかし、梅雨明け直後の暑い夏の昼下がり。来見寺の石段を登るのも一苦労。少子化なのに、意外と子供たちのお参りがあるということを知りました。

13/07/09 赤松宗旦の古地図に掲載されている来見寺東の遍照院。探してみると、その跡地と思しき箇所に石仏を発見。

13/06/29 佐倉藩主の土井大炊頭が寛永のころに築いた利根川旧堤跡の現在の様子と、いまは消滅している3つの沼について。

13/06/28 二宮神社の更新はそういえば大震災の直前。あれから2年経ってふと訪れたら思いがけない発見。

13/06/26 書家「杉野東山」についてもう少し詳しく追記しました。あわせて本サイトでの関連リンクも紹介。

13/06/26 利根町最東部の東奥山新田は、江戸時代には宇右衛門新田と呼ばれていました。その後・・・。ほかに水神宮の神像についても前日追記。

13/06/26 泉光寺先の鎌倉街道沿いにある道を北に行くと奥山集会所があります。いままで訪問し忘れていましたが、そこで石仏を2基発見。

13/06/25 幕末から明治初期にかけて活躍した書家と仏師についての追記。大仏師と言われた杉山林哲の作像した神像・仏像が利根町の各所にあるようですが、実物をまだ見ていないものが多いです。

13/06/19 豊島家蔵書「来見寺起立并御松替由緒」の迷走解読がほぼ終了したので書き下し文を追記。

13/06/10 豊島昌三家に残る元禄時代の句巻。岸本調和が選句者となった証の落款もあり、当時の利根町界隈の文化度を示す貴重な文献と思われます。

13/06/06 利根町にも「日本一」のものが存在。昨年秋、利根タブノキ会主催イベントで識り、撮ったものですが、掲載を失念していました。データもありますので確実と思われます。

13/05/27 豊島家に伝わる古文書の迷走解読で少し判明したことも。

13/05/13 苦節8年、なんて、実際のところ2005年に訪問はしていたのですが、利根町より北ということで、制作を引き伸ばししていました。でも、ここにようやく。やっとTOPページ目次の1項目が埋められます。

13/05/08 旧栄橋開通に関しての新たな資料提供があり、追記しました。

13/05/06 利根町初代町長の寄稿文(昭和39年利根新報)から、いろいろ分かりました。

13/05/02 主に昭和5年、初めて布川と布佐を結ぶ吊橋(旧栄橋)が架橋された経緯を追記しました。

13/04/30 鎌倉街道内の石塔・石仏の詳細を追記。

13/04/29 ほかのコンテンツからの関連で見落としていた文化人の墓碑を調査。

13/04/27 昨日追記した石碑の再撮をしに行ったら、近くの意外な場所で別の石祠を新発見。

13/04/26 写真は撮ってあったのですが、よく調べていなかった石碑です。

13/04/22 不明であった石碑・歌碑のほか、神燈や唐獅子等についても追記しました。

13/04/20 あらたに判明したことを追記。

13/04/19 大分前に写真を撮ってあったのですが、ついつい更新を怠ってしまって。

13/04/19 最後に残った目次未修正コンテンツの来見寺、やっと完成させました。

13/01/27 33年に1度という菅原道真公の祭神像がご開帳になりました。タヌポンにとってはこれが最初で最後の機会でした。

13/01/20 「がらん」さんより数多くの的確な指摘があり、修正しました。

12/09/14 もうないと思っていた水神宮鳥居を発見。あわてて追記し、タイトル変更しました。

12/09/10 懸案の徳満寺の大幅更新。ボリュームが増えて2ページに分離させました。

12/08/31 秋まで待たずに宿題が完了。宿題とは、雑草に埋まっていてはっきりしなかった土手の崖途中にある水神宮。2基発見しました。

12/08/29 徳満寺更新のために立ち寄ったら、意外なところに石仏が。しかし、ものすごい雑草・雑木でほとんど見えない状態。炎天下で汗かきました。

12/08/28 泉光寺で見つけた木の実を持ち帰って調べたら、たいへん!ほか、前回追記し忘れた不明の石塔を追加。

12/08/27 これは最初から作り直し、というくらいに大改造しました。懸案の寺院コンテンツ更新をひとつクリア。

12/08/23 内容を拡大し、新規に独立したコンテンツとしました。関連リンク修正がたくさんあります。もれが心配。

12/08/20 下柳集会所の一角には茨城県でベスト20に入るとても古い十九夜塔が2基もあります。これらの石仏群の調査結果と、本年の布川大祭大当番関連情報を追記。

12/08/18 大地震直前からの懸案の更新。六阿弥陀詣の由来・武州六阿弥陀詣・総州六阿弥陀詣との比較・石塔両側面の刻字・星野一楽関連の石碑・和本の挿絵と本文画像・御詠歌の研究・浅草睦会の六阿弥陀詣等大幅な改定をしました。

12/08/14 石仏群詳細を追記。他再撮写真の入れ替え等。

12/08/11 ここは2012年になってからの調査・再撮はまだしていません。過去の写真だけで再構成したのでちょっと不備・未確認のところがあります。

12/08/09 ポイントが4ヵ所もあるのでけっこう更新は時間がかかりました。

12/08/04 3日前に大幅更新したばかりなのに。補足カットを撮る予定でしたが、懸案事項の思わぬ収穫。他の項目もいくつか追記しています。

12/08/03 これも、目次変更とリライト程度の更新。

12/08/02 これは、目次変更と若干の追記。

12/08/01 まあまあの大幅な更新。まだ未完成で再撮したいところもありますが、とりあえず。

12/07/27 これは若干の更新。石仏調査も特筆するものが得られなかったので。

12/07/26 7年ぶりの更新というより、これは作り直し、というくらいの大幅な加筆再編成になりました。でも、まだまだ未完成です。仏教関係は神道系より複雑多岐の印象。(ああ、まだ、徳満寺・来見寺の大物が未更新なんだなあ)

12/07/24 新発見の石仏も、調べてみるとすべて詳細不明で残念。

12/07/24 宿題ほかそれぞれの追加再調査、ほかに新発見の道祖神などを追記。

12/07/21 これも7年ぶりの更新。やっと加納新田地区更新終了。宿題はありますが・・・。

12/07/19 これは7年ぶりの更新。先日、新しく発見した馬頭観音塚なども追記。

12/07/17 内容を増量して再編成。これも6年ぶりの更新。

12/07/15 旧「惣新田集会所近辺」を削除し、タイトル変更するとともに内容を大幅に追記、また4日前にUPした「惣新田の神社・石仏等」へのコンテンツ一部移管等も。

12/07/11 旧「惣新田の神社・石祠等」を削除し、内容を追記、タイトル・ファイル名も変更し、再編成しました。

12/07/08 奥の宮入口の石仏の調査結果。町史記述と合わないのですが、蚊の大群で調査は不完全。

12/07/07 内容を増量して、2コンテンツに分離させました。このため、マップや関連コンテンツ・リンクも多岐にわたって追記・修正。

12/07/03 これはボリュームが少ないコンテンツで、さっさと・・・。

12/07/03 これも7年ぶりの大幅更新。かなり古い石仏も見つかりました。

12/06/28 ちょっと後回しにしていましたが、マップがないかとよく聞かれますので、更新のついでにとりあえず作りました。マップもそうですがFlashの改訂など画像処理に意外と時間がかかりました。

12/06/24 石仏調査で永年の疑問が1つ氷解し、調査結果を含めて追記。これにより、目次の順序等も変更し、再々構成しました。

12/06/21 利根町で最多の全42基の石仏がある上曽根の観音堂。少し精しく調べようとしたら、文字等説明できるのはわずか5基だけという悲しい結果に。でも、とりあえず再構成。

12/06/21 1997年から閉園していた植物園が先年復元。そのさわりだけ紹介。神社石仏再調査も2日前に追記。

12/06/20 アクセスいただいた方の指摘により追記できました。

12/06/19 利根町探索で最後の鳥居発見!ほかいろいろな発見があり、大幅な追記ができました。地図の東側が足りなくて、Flashも大分修正する必要もあり、ちょっと時間もかかりました。

12/06/10 ホントになにげなく立ち寄ったら、気が付きました。

12/06/10 目次変更と画像修正が主です。

12/06/07 これは7年分の更新。主にメインの「千日供養塔」に関して追記。

12/06/05 これも6年分の変化を更新。タイトル・目次も変更。

12/06/03 実は、5/16に「常盤御前図・牛若丸修行図」を、5/31には、神木はカラタネオガタマ発見の話も追記しています。

12/05/22 コンテンツの内容が増えたので2つに分離しました。あらたな発見も加えて。

12/05/18 撮れていなかった大師像が撮影できたので追加。石仏の詳細を調べに行きましたが不成功に。

12/05/15 これも6年ぶりの更新。再訪問で分かったことやラヂオつくばで放送されたことなども。

12/05/14 6年前のコンテンツでしたので大幅に追記再構成しました。

12/05/11 弟橘媛の櫛塚に関する別説を追記するほか目次修正し、再構成しました。

12/05/07 目次修正、画像説明を追加。タイトルを変更し、追記・再構成しました。

12/05/04 目次修正、画像説明を追加。タイトルを変更し、追記・再構成しました。

12/05/03 目次修正をはじめ、再撮画像を追加、施設詳細を含め大幅に追記・再構成しました。

12/04/27 ある推定のもとに内容を追記修正。タイトルと目次変を含めて再構成。

12/04/24 タイトルと目次変更。追記などで再構成。

12/04/04 タイトルと目次変更。写真追加などで再構成。

12/04/03 2本の神木の大公孫樹の黄葉や、難解な手水鉢名称などを追記して再構成しました。

12/03/25 「新利根川大堤修補碑」が移される前の所在地である稲荷神社の場所が判明。

12/03/25 「新利根川大堤修補碑」の裏面と右側面にも碑文の続きがありました。

12/01/29 「25日は天神の祭りかな」の読み方冒頭の「つついつつ」の意味が判明しました。

12/01/28 早尾天神社の拝殿が昨年改築されたことを聞いていました。寒くてなかなか行けずにいましたがやっと。

12/01/26 BBSに投稿があり、早尾天神社の芭蕉の句「25日は天神の祭りかな」の五・七・五の読み方が判明しました。これは、ちょっと予想もつきませんでした。

12/01/01 本年もよろしくお願いします。

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