利根川遊歩道を北に向かい、小貝川に架かる戸田井橋まで行かずに右にそれ、諏訪神社方面に向かう小路もタヌポンが好きな散歩道のひとつです。

幅2mほどの道をゆっくりと東へ。ときどきネコがあくびをしながら長閑に横切っていきます。
その向こうの小さな交差点の隅になにか祠のようなものが見えてきました。

大師堂です。右脇に改築記念碑が建てられていますが、羽根野集会所とあります。
集会所の改築なのか大師堂の改築なのか、もういちど見て来ないと・・・。
意外と見ているようで見ていないものですね。

83番は以下をクリックして確かめてください。大師像の下には四国霊場・・・の石碑が埋め込まれています。


改築記念碑と大師堂の背後は
いくつかの石祠などが無造作にならんでいます。
十九夜の供養塔など、この近辺に散在していたものを
とりあえずここに集めたのでしょうか。
この改築記念碑は、羽根野集会所と銘打ってあり、
碑の裏に昭和45年(1970)1月3日とあります。
この建立日は大師堂よりも集会所そのものの改築日を
示しているのでしょう。

羽根野集会所から諏訪神社の間にある大師様です。
しかし、何年か前にこの散歩道を発見し、幾度となくこの前を通りかかったというのに、
タヌポンはこの大師様にはまったく気がつきませんでした。
気づいたのは・・・そうですね。数10回の訪問、いや4.5年、あるいはそれ以上経っていたかも知れません。

番号札が探しても見当たりません。
そんなに古いものにも見えないし、かといってつい最近建てられたとも見えません。
20mほど先に立ち話をしているおばさんが、
ときどきタヌポンのほうを見ています。
これは尋ねてみるのが礼儀というものでしょう。
最近、空き巣も利根町には多いですし、
身の潔白もしておかねばなりません。
聞いてみると、なんとこの大師様は2人のうちの一方の家の持ち物というのです。
彼女の祖父(か曽祖父)が昔、四国88ヵ所を巡った記念として建てたもので、もう3代も続けて守っているのだそうです。
その方は少々お歳を召されていて、また訛りも少々強いものですから、
タヌポンは何度か聞き返さなければなりませんでした。
でも、そんなタヌポンを見かねて、もうひとりの方がわざわざ通訳をかって出てくださいました。感謝です。
祠の中を覗くと・・・

(05/08/25)(撮影05/04/03・05/08/06・05/08/20)