2005大祭日程表
初日の主たる儀式は12:55から、でもその前に子供神輿関連の儀式があります。
3年に1度の布川神社臨時大祭(布川神社祭禮とも呼びます)。以下がその主な日程(2005年の場合)です。
| 初日(7月29日・金) 布川神社 |
12:30 | 子供神輿、修祓後、各町へ出発 |
|---|---|---|
| 12:55 | 祭礼始め、修祓、禊、神輿渡御 | |
| 21:30 | 御仮殿である内宿集会所へ神輿安置 | |
| 2日目(7月30日・土) 御仮殿 |
09:30 | 参拝、修祓、玉串奉奠 |
| 15:00 | 大廻り出発、祭礼本部(利根町商工会)より | |
| 19:00 | 山車の競演(常陽銀行利根支店駐車場) | |
| 3日目(7月31日・日) 御仮殿 |
11:20 | 修祓、禊、神輿渡御始め |
| 21:00 | 布川神社到着 | |
| 21:30 | 神輿納め |
注)
修祓: しゅばつ=神道の祭事に先立って、神職が行う清めの儀礼
渡御: とぎょ=祭礼の際の神輿のお出ましのこと
玉串奉奠: たまぐしほうてん=玉串とは木綿(ゆう)または紙をつけて神前にささげる榊(さかき)の枝、または単に榊の枝、奉奠はつつしんで供えること
場所: 茨城県北相馬郡利根町 JR成田線布佐駅下車、竜ヶ崎行きバス中宿下車・徒歩約10分
電話: 利根町観光協会: 0297-68-2211
当日は布川神社近辺は混雑回避のため交通規制がなされます。
2008大祭日程表
あれから3年経ちました。以下、日程表ですが、ほとんど差はありません。
大きな違いは、大当番が宮本(宮若)地区の皆さんになったこと。2日目の夕方に阿波踊りのイベントが追加されたということでしょうか。3年前と同様に暑く、熱くなりそうな気配です。
| 初日(7月25日・金) 布川神社 |
12:30 | 子供神輿、修祓後、各町へ出発 |
|---|---|---|
| 12:55 | 祭礼始め、修祓、禊、神輿渡御 | |
| 21:30 | 御仮殿である内宿集会所へ神輿安置 | |
| 2日目(7月26日・土) 御仮殿 |
09:30 | 参拝、修祓、玉串奉奠 |
| 13:30 | 大廻り出発、祭礼本部(利根町商工会)より。 各地区は個別に13:00より準備。 |
|
| 17:00 | 阿波踊り、祭礼本部。 | |
| 19:00 | 山車の競演(常陽銀行利根支店駐車場) | |
| 3日目(7月27日・日) 御仮殿 |
11:00 | 子供神輿集合 |
| 11:20 | 修祓、禊、神輿渡御始め | |
| 21:00 | 布川神社到着 | |
| 21:30 | 神輿納め |
(2008/07/24追記)
御仮殿(おかりや)と祭礼本部
左は内宿(うちじゅく)集会所前の広場。右の石段を登ると徳満寺。初日の夜、神輿がここに安置されます。
御仮殿と書いて「おかりや」と呼んでいます。
右は、祭礼本部となる商工会館。2日目にここから各町の世話人や使者に任命された氏子が太鼓を叩きながら
山車が通る道を各地区に知らせる儀式、大廻りに出発します。昔ながらの絽の着物に帽子そして傘という正装です。

以下、左は神輿等が納められた後の内宿集会所。右は、大廻りで利根川沿いを歩く氏子の人びと(翌05/07/30撮影)

これは何?
内宿集会所のすぐ近くにこんなものが設置されていました。(クリックで図柄拡大)
左の写真の意味が判明!
これは3日目、祭が終了後に「五穀豊穣、氏子安全」を祈願して布川神社に奉納される注連縄ということです。
臨時大祭が行われる3年毎に「大当番」になった地区から贈られるわけです。
今回2005年は、この後で紹介する「禊」のリーダーがそうであったように当地、内宿が大当番を担当しました。
竹が通った珍しいタイプの布川神社の注連縄ですが、3年毎にいつも新しい立派なものに生まれ変わるというわけです。
(05/07/30追記)
民家の軒先にも祭礼の提灯が・・・

布川神社前
まだ交通規制前だったのでタヌポンはバイクでやってきました。後では通してもらえません。
山車がもうやってきていますね。
神社への石段脇は馬場地区の集会所となっていますが、ここもきょうは開放されみなさん準備に忙しいようです。

いつもはない提灯などが立てられています。「内宿」ということは、どうもその年の当番地区の提灯を立てるようですね。

山車
6地区の町から6基の山車(屋台)が集まりました。
下の左の写真は、左から中宿(なか)、柳宿(やなぎ)、上宿?(上若)、浜宿(はま)。
右の写真は、左から宮本(宮若)、内宿(内若)。
「なか」、「やなぎ」、「はま」は変体カナで記されています。若というのは若連とあり、おそらく若者連合とかいう意味でしょうか。
宮本地区の山車は、宮若ですが左から右に若宮と読めてしまいますので注意。
(本日現在で不明なのは、柳宿(やなぎ)、上宿?(上若)の2件で、これがそれぞれ下柳地区と上柳地区に該当するのか、
それとも「やなぎ」が上柳・下柳を包括したもので、その他に上宿という地域があるのか、これがはっきりしないことです。
上記の疑問が2日目に解消!
「やなぎ=下柳」 「上若=上柳」ということが分かりました。上宿というのはありません。
また、若というのは若者ではなく、やはり「若衆」という呼び方でした。それはそうですよね。
(05/07/30一部追記)

禊の水
石段を駆け下りてくる若衆に禊として水をかけます。その準備をしている皆さんです。
この日はまさに炎天。準備するのもたいへんです。少し、広場と道路に水を撒きましょう、とホースで放水。

さて、神社へ
この日は祭囃子がつきもの。この太鼓も大活躍します。
奥の太鼓は今年の大当番「内宿」のもの。翌日2日目の「大廻り」の儀式でも活躍します。
手前の太鼓の荷台に書いてある文字は変体カナ。
左から右に、「はま」と読めます。浜宿地区所属の太鼓でしょう。
「は」はひらがなの「む」の点が取れたようなような字ですがどこかでみたことがありませんか?
そうです。お蕎麦やさんの「生そば」の「ば」の字がこれですね。この場合、濁点がつきますが。
その横の「海」のような字は「満」ですね。「ま」と読みます。

境内ではこんな太鼓も見つけました。
これから下に持っていくものなのでしょうか。
あとで分かりましたが、これは山車用ではなく、
神輿に付随している太鼓のようです。
布川神社境内
タヌポンが上った時点(11:15)では、まだ子供神輿はそろっていませんでした。
立札には参加する地域の名前が布川神社祭禮の文字とともに記されています。
参加する子供神輿は全部で12基。
町名は「内宿」「宮本」「上柳」「下柳」「浜宿」「中宿」「布川台」「谷原」「白さぎ」「八幡台」「フレッシュタウン」「ニュータウン」。
「フレッシュタウン」「ニュータウン」などは利根町としては新しい団地で、子供神輿には参加していますが、
さきほどの山車などを出して参加するほどの資格というか実績はありません。
神輿の担ぎ手を見つけるのも難しそうですからね。

祭を待つ人びと
神社裏手の布川小学校の校庭にはいまや遅しと、祭を待つ人びとがずらり。
ここは桜も見事なのですが、花見時とは比べものにならないほどたくさんの人だかりです。
3年に1度だからなのか、それにしても皆さん、お祭が好きなんでしょうね。

子供神輿と子供たち
いよいよ神輿も順次、集まってきました。


定刻の11:30までに、見る見るうちにたくさんの子供たちが集まりました。可憐な女の子もたくさんいます。

修祓と玉串奉奠
子供神輿の場合は境内で簡単な修祓と玉串奉奠の儀式を行います。
神主、いや宮司さんは純白の衣装で、しっかり御祓いをします。(宮司と言い直したのは、神主という言葉は通称で、正式には宮司、あるいは禰宜と呼ぶそうです)
一見、暑いのか涼しいのか分からない装束です。
布川神社は普段は社務所などは閉まっていてだれもいないのですけど、この宮司さんはどちらから来られたのでしょうか?
布川神社は利根町で1.2番というくらいの神社のはずなのですが・・・。
ほかには蛟もう神社が比較的由緒ある神社と言えるのでしょうが、これも普段はだれもいないようです。
タヌポンは、この春に家族が交通事故にあったりして、少し厄払いでもしてもらおうかと思っているのに・・・。
考えてみると利根町にある神社ではできないような感じです。どうしたものかしら?

玉串奉奠も・・・。基本は、二拝二拍手一拝ですね。

さあ、御祓いなど儀式が終われば、石段を降りてそれぞれの町へ。さすがに小学生では危険なので大人が下まで担ぎます。
そう言えばタヌポンもちょうど6年前、自治会の役員でこれに参加しました。子供神輿といえども結構、重いんですよ。
ああ、あのときもまったく同様の暑い暑い一日でした。

おや、これは浜宿の「おねえさん」たち。ひときわ艶やかですね。
中学生には見えませんね。高校生くらい?

おっとっと、石段も彼女たちが担いで降りるようです。素晴らしい闘志ですね。でも、気をつけて・・・。

下に降りた後、子供神輿はそれぞれの地域のルールに従って町を練り歩いていきます。
それにしてもきょうは暑すぎます。大丈夫かなあ。この炎天下。きっと何人か、へばってしまうだろうなあ。
でも、最後までがんばれ、ちびっ子たち。
さて・・・・。本番です。
神輿
これが神輿です。金ぴかです。まあ、見ていただくしかありません。
背景に絵馬がたくさん掲げられています。これは「布川神社」のコンテンツでご紹介する予定です。(05/07/29現在まだです)
平かなのような文字、これも変体カナで「ふかわ」です。「か」は「可」なんでしょう。

「修祓」と「玉串奉奠」は祝詞だけスピーカーで
実は、この神輿の背後に本殿の祭壇があるため、これから執り行う「修祓」と「玉串奉奠」はここからでは見えません。
脇に録音装置が設置されていて、
外のスピーカーで宮司さんの「祝詞」が聞こえてくるだけです。
祝詞が終わると宮司さんが出てあいさつ。なにかやさしそうな笑顔ですね。これからお神酒をいただきます。

ご神体
さてこれからが問題なのですが・・・。
宮司さんが行おうとしているのは、布川神社のご神体を
神輿に入れ込もうとしているのです。小さな鳥居があるその奥にです。
その少し前から何も知らないタヌポンは「何だろう?」
と思いながらシャッターをきっていたのですが・・・。
耳元でだれかがとくにタヌポンに言っているわけではなく、
「ああ、ご神体は見てはいけないんだ。見ちゃだめだぞう」とか
「ほら、おまえ、見ただろ?だめなんだぞう」
なんて話しているではないですか!
写真に写っている宮司さんが手にしている白いもの、あの中味は・・・。
しかし、少し前に宮司さんが「それ」を白いものに包み込むのを
タヌポンはチラッと見てしまったのです!
ああ、どうしよう!
「あれ」がご神体だったなんて、そのときは分からなかったのです。ホントです。
それに、見てはいけないものだなんて知らなかったのですから、どうか許してください。
ですから、皆さんには「それ」が何であったかここでは記しません。いいでしょ、そのほうが?
ああ、やっぱり、近々にでも御祓いしてもらいましょう。
普段はだれもいないけど、聞いてみて布川神社にムリを言ってお願いしようかなあ。
そんなことを思っているうちに祭事はどんどん進みます。
次は禊ですが、その前に・・・。
これは矛とアナウンスしていました。鉾かな?それと獅子、2頭あります。さらに榊を神輿のような箱にいれたもの。
これらの先頭には布川神社の2つの提灯があったかも知れません。
順番はよく見ていなかったので覚えていませんが、「禊」の前にこれらを先に石段の下に世話人の方が運んでいきました。


さてこれからが圧巻の禊です。神輿を取り出して担ぐ前の儀式です。
注連縄をたすき掛けに
この縄、どうするのかなと最初思っていましたが・・・禊をする若者たちに1本ずつ配ります。

頭から被って、たすき掛け。まあ、1人2人は反対向きに掛ける人はいますね(写真右)。ご愛嬌です。

白い服装の人は腰に「御輿世話人長」の提灯を提げています。白い足袋がきれいです。
世話人ではなく、その「長」の方たちということなんでしょうか?
この方がたは年輩者で「禊」には参加しないことが後で分かりました。
いやあ、あれは20代までの若者でないとムリですよね。

御輿世話人長の中の代表らしき方からご挨拶と注意事項。そして今回の禊の主役「内宿」の若衆代表から決意表明。かっこいいです。
なお2005年は内宿が「大当番」なので、昔なら、禊の若衆は内宿だけで行うのですが、昨今は若者が少なく、そうはいかないようです。

さあ、いよいよ地獄の7往復。過酷きわまる禊です。
石段は77段という記述がどこかにありましたが、タヌポンが事前に数えてみると、下から踊場的なところまでは8段、それ以降、最上部までが66段でしたから、都合74段ですが、細かいことは言いっこなし。タヌポンはこの日、3往復しましたが、一旦下に降りて、再度彼らの後を追いかけて上に急いで上ったときは、もう昨夜のビールがすべて出尽くしたような感じでした。いや、死にそうでした、ホントに。
以下は、1回目の往復。まあ、まだ元気でしょうね、若いから。

下で水をかけられてみんな盛んに頭をなでています。右、2回目もトップはこの人。スタミナありそうです。

早い人グループ2.3人との差が少しついています。どうも下の「禊」が面白そうなので、彼らが上がった直後に、とことことタヌポンは石段を降りて・・・。
下に着かないうちにもう彼らが降りてきます。わあーーっ、じゃまにならないように避けないと・・・。汗と冷や汗。

すごい人、すごい水、すごい拍手
しばらくは、この狂気の禊風景をご覧ください。





さあ、そろそろラスト近くなってきたようなので、タヌポンはまた石段をとことこと上ります。
やあ、みなさん、お疲れ様。
水をかけられたほうがいいのか悪いのか、どっちなんでしょうか。
まあ、きょうみたいな暑い日はコレなしでは走れないかも・・・。
お疲れ様ですが、これで終わりじゃないのですね!
タヌポンが上ってから、さらに彼らは最後の1往復。
そしてそれを終えて以下の1本締め(1丁締めではないですよ、3.3.3.1を1回だけの1本締め)で締めくくりました。
リーダーの若者も終始トップグループでみんなを引っ張ってきましたが、
さすがに最後は少々バテたのかほかのみんなに支えられて上ってきました。でも、すぐにしゃきっとして1本締めの音頭、立派です。
さて、締めが終わった後、休憩もなく、祭は次のステップへ。
そうです、御輿。これからが本番です。
ああ、俯いてまだハアハア言ってる若者がいますね。そうでしょう、そうでしょう。ムリもありません。

神社境内から石段下まで
神社本殿から白装束の世話人長たちが御輿を出御させますが、禊を済ませた若者ともみ合います。
そのうち若者がこれを奪って、神社境内で神輿はひとしきりもまれます。
興奮した世話人と若者の間で小競り合いが始まり喧嘩腰になりますが、それをそのまま「やらせておけ」とするのが祭です。
やがて笛の合図で、境内から石段を降り、山車のある場所へと向かうのですが、これからは「町またぎ」=「各町内の境界と鳥居の前にあり、 これを越えると神輿は後ろに戻れないしきたり」をめぐって、神輿はさらにもまれていきます。
このルールがいまひとつタヌポンには理解できないところがあるので、宿題です。
鳥居から出た後
6基の山車(屋台)の間をいったりきたり。
さきほど石段の上下を7往復した若者たちが
各山車で演奏されるお神楽囃子にのって練り歩きます。
ほんとに体力ありますね。
体力というより気力ですか。
それともこの場の雰囲気、熱狂がそうさせるのでしょうか。
こうして、神輿は町へ出て夜には御仮殿(おかりや)に到着するのです。
(以上、布川神社臨時大祭1 初日の模様)
(布川神社臨時大祭2 2日目の模様に続く)
(05/07/30追記) (05/07/29) (撮影05/07/29)