タヌポンの利根ぽんぽ行 立崎地区

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立崎地区


最初に利根町にきたとき立崎というところが布川から遠く、利根町のいちばん東なのではないかと思っていました。利根町は広いのですね。その東には惣新田や東奥山新田などもあるんですから。
ところが、惣新田・加納新田などがいちばん東にあることを知ったら、こんどは先にそちらに行きたくなり探索し始めたため、立崎地区は後回しになってしまいました。
ここの見所は、立崎共同墓地に一風変わった5基の祭神を祀った祠があることと、県道立崎羽根野線の道路沿いにある道祖神。以下で紹介します。

タイトル画像は2画像のjavascript処理をしていますが、IE以外では固定1画像のみの表示となりますので、以下、2画像のミニ画像を再掲します。(クリック拡大できます)

5つの祠 道祖神

利根町中南部地区マップ

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立崎共同墓地(龍造寺)

共同墓地記念碑

龍造寺というのは現在、廃寺となっているようですが、ここは明治より共同墓地として区画されていました。
昭和63年(1988)4月に再々整備されて、現在に至っている、というようなことが記念碑の碑文に書かれています。
左の写真をクリックすると碑文が読めます。
これによると、「祖先を偲び〜精霊の御冥福を祈念すべく〜」とあります。もともと点在していた近辺の石祠類をここに集めたということでしょうか。5基の祭神を並べて祀る立派な堂が建っていましたし、庚申塔もいくつかきれいに並べられていました。
でも、利根町史の記述には共同墓地のことはなく、逆に、町史の龍造寺関連の項目にある3つの大師堂のほうは見当たりません。見落としているのかも知れませんが・・・。



庚申塔群

庚申塔群

記念碑近くに3基、いずれも庚申塔ですね。お墓の一角に10基ほど。これは仏教関連の石塔のようです。
そして、左の写真、庚申塔群のずっと後方に見える薄茶色の建物、それがこの共同墓地のハイライトである5祭神の祠です。

3庚申塔

5つの祠

5つの祠

この立派な建物にわずか5基の石祠が大事そうに安置されています。
しかも、扉はガラスが嵌め殺しになっているほかカギがかかっているのか、開けられません。
これは余程貴重なものなのでしょうか。
中をもう少し見てみたかったのですがどうしようもありません。外からではガラスもあり撮影にも限界があります。それでも、以下、内部を順番に紹介します。



左から・・・蛟もう神社、天神、水神宮、八幡大菩薩、青麻三光宮

蛟もう神社 天神 水神宮 八幡大菩薩 青麻三光宮

上記はいずれもクリック拡大できます。
蛟もう神社は中の石祠にお札が張り付いているようなのですが、祭神自体が何なのか分かりません。
天神は下にあるように像が2体、飾られていることだけしか分からず石祠の姿が見えません。
残りの3基は石祠が見えます。水神宮、八幡大菩薩はいいのですが、青麻三光宮とはタヌポンにとって前代未聞の言葉です。
これはいったいなんでしょうか?


青麻三光宮とは


少し調べてみました。うーーむ、これは知らないと読めませんね。
青麻は「あおそ」と読むのです。青麻三光神社(あおそさんこうじんじゃ)というのが各地にあるようで、祭神は、造化三神の筆頭、天御中主大神(あめのみなかぬしのかみ)、そして三貴神のうちの2柱である天照皇大神(あまてらすおおみかみ)や月夜見大神(つくよみのかみ)ということです。初耳でしたね、こんな名前の神社は。


菅原道真

これは、どちらも菅原道真公でしょうか。
ところで、右の像と同じようなのをどこかで見たことがあったような・・・どこだったかしら?・・・うーーん、そうそう、思い出しました。円明寺の境内の塚の上にある祠の中です。似て非なるものかな?→参考・ちょっとちがうか



立崎集会所

立崎集会所

ここへは夏でしたが、日没少し前、あまり時間の余裕がないときに訪れました。
とくに鳥居などの神社はなく、大き目の大師堂がひとつと庚申塔がいくつか。
大師のまわりにも石塔などが無造作に置かれていました。



石祠群

石祠群

ほとんどが庚申塔のようです。
下の大師の周りの石塔は、仏教関連のもののようです。
碑文等々、調べる時間がありませんでした。


石祠群 石祠群

大師

立崎の大師 立崎の大師像

幅広の堂ですが番号札は見当たりませんでした。


道祖神

立崎の道祖神

西隣の中谷地区との境界あたりで見つけた道祖神。
木造の鳥居、本殿がいい味出しています。
本殿の中の石祠を見てみると(下画像:クリック拡大できます)、立竒上組 女人講中 天保9年(1838)2月吉日とあります。立竒は立崎、上組とは街区の名前なのでしょうね。
祭神は、久那戸神(くなとのかみ)。

女人講中建立

道祖神(天日大御神?)


県道立崎羽根野線の道路脇に突然、それが立っています。白い鳥居が目立ちます。
鳥居の中を覗いてみると、両脇に道祖神の石祠を挟んで、「天日大御神」と記されたお札が貼られた少し大きめの石祠があります。

さて、これはいったい何でしょう。天日大御神とは聞いたことがありません。何と読むのでしょう。(次の画像をクリックすると拡大できます)

タヌポンは最初、見間ちがえて「天」を「大」の字に読んでいました。だいにちおおみかみ?それでも聞いたことがありません。


天日大御神?

推測ですが、これは「天照大御神」(あまてらすおおみかみ)が正しいのではないでしょうか。

調べてみますと、天照大御神は別名、「大日孁貴神」 (おおひるめのむちのかみ)とも呼ばれるということです。
ここで「大日」がでてきますが天ですよね、大日の字なら「天照大御神」と「大日孁貴神」をミックスして「大日大御神 」としたのかも知れないのですが・・・。

ここでは便宜上、道祖神を祀ったものとしておきます。もしかすると字の省略で、照を日としたのかも知れません。昔は結構、略字にしたりくずしたりすることが多いようですしね。立崎の「嵜」や「竒」の字のように。

補足:「天照大御神」は、「大日孁貴神」だけでなく「天照大日孁貴神」(あまてらすおおひるめのむちのみこと)などとも呼ばれるそうです。
字が読みにくい場合はこちらを。難しい漢字ですね。



(06/05/07)(撮影05/03/21・05/05/07・05/08/13・05/08/14・05/08/26)