タヌポンの利根ぽんぽ行 利根町の鎌倉街道-6

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鎌倉街道


交差点2 右折ルート

塚と墓を越えた先の交差点2。
このページでは立札の立っている右の方向へ進んでみましょう。

立札には何が書いてあるか?
これはいままでと同様、「ハチにちゅうい!」です。
しかし、向こう向きに立っているということは、
ハチのいる場所とはタヌポンのいる側を指していることになります。

すなわち、これは出口というより、ここへ来るための入口に続いていると推定されます。
まあ、出口とも言えるわけですから、この先に何かがあることは必至です。

タイトル画像は2画像のjavascript処理をしていますが、IE以外では固定1画像のみの表示となりますので、以下、2画像のミニ画像を再掲します。(クリック拡大できます)

交差点2 右折ルート 根本寺裏口

まずマップ確認→利根町の鎌倉街道



「利根町の鎌倉街道マップ」ルートG攻略・・・交差点2から根本寺まで

ハチにちゅうい

立札は「ハチにちゅうい」。

そんなに多いのでしょうか?
夏があぶないのでしょうね。

さて、右に少し道は下り坂になっているようです。



竹も多いのですが大きな樹もあるなあ、と近づいてふと右手を見ると・・・けっこうな下り坂です。
タヌポンの奥さんもいっしょだったのですが、「降りてみる」と言います。
へえ、いつもならここで待ってる、というのにヘンだなと思ったら、それにはわけがありました。

だいたいここを降りても、クルマを鎌倉街道の入口1、八幡神社の近くに停めてあるので、戻ってこなければならないのです。
あとで聞いたのですが、奥さんは、ここから下に降りて町に出れば右に少し周ればクルマのところにすぐ行けると思っていたようです。

そうはいきません。クルマの場所まで行けない事はないのですが、それは相当の回り道をしなければなりません。
やはりここを登って鎌倉街道、元来た道を引き返すほうが近いのです。

それが最初から分かっていたら奥さんはこの少し急勾配の坂道を降りなかったでしょう。
でも、その苦労は報われます。


下り坂 下り坂
下り坂 下り坂
下り坂

「いいの、だいじょうぶ?」
「平気よ」
「でも、すべるよ。雨のあとだったらむりだろうなあ」
「そうね、でも、ほら、何か見えてきたわ。お墓かしら」
「きっとこれが根本寺だよ」
「きゃーっ!」
「あぶない!もうすぐってときが危険なんだ」
「徒然草だったっけ?」
「なんかそんなやつ。名人の木登りの話かな?」


下り坂振り返った見たとき

いま下ってきた道を振り返って見上げると・・・。

「ここ、また登らなきゃならないよ」
「ほんとにそうなの?」
「多分。でも案外、登るほうがラクかも」
「・・・・・・・・」

注意:雨上がりはここはちょっと危険です。
王子神社脇の階段は幅が狭くとも石の階段となっていますし
手すりもありました。
ここは何もありません。
登るにも降りるにも1.2回はズルッとすべって、
衣服を汚すことは覚悟したほうがいいでしょう。


根本寺

お寺の発見

「わーーーっ、なんかきれいなお寺だ」

「梅も咲いてるね」

苦労すればその分だけ報われます。
鎌倉街道の脇道を降りた先は、美しいお寺でした。

でも上記の上り坂は、とくにそこから鎌倉街道に行けるというような雰囲気はありません。
下からは、上に街道があることを予め知っていないと登る気にはなれないでしようね。

知る人ぞ知る、という入口なんでしょう。



持宝山 無量院 根本寺

持宝山 無量院 根本寺

堂宇の本堂は木造。
宗派は真言宗。
住職に関しては、無住で、仏事一切は土浦の岩崎真隆和尚に託すと利根町史にありますが、M氏情報では、松戸の岩崎骼去≠ェ現在依頼先となっているとのことです。

由緒としては不詳とはいうものの、院号、寺号から、もとは天台宗で、利根町のなかでも最も古い寺のひとつではないかと推測されています。(県歴史館の後藤道雄氏の説)

真言宗の寺に阿弥陀如来のご本尊があるのは異なこととされ、長い年月の間に土地の所有者によって宗派が変わったためとも想定されています。
→ 鹿嶋市にもの芭蕉ゆかりの根本寺があります。聖徳太子創建と伝えられる臨済宗の古刹です。ここも利根町の根本寺同様、1575年(戦国末期)までは天台宗だったそうです。(事項で紹介するM氏調査による)

余談ですが「真言宗の寺に阿弥陀如来のご本尊があるのは異なこと」というのは定説なのか調べてみたいと思っています。このあたりの知識はまったくタヌポンは皆無です。いつか調べてタヌキの巻物に記したいと思います。


真言宗と阿弥陀如来

上記の件に関して、おそらく利根町にお住まいと思われるある方(M氏)よりご親切にもタヌポンにメールで教えていただきました。
タヌポンは本堂内の仏像を撮ってそれが「利根町指定有形文化財となっている木造両界大日如来坐像」と以前に記していたのですが、それはどうもご本尊の「阿弥陀如来」だったようです。
以下、修正してお詫びするとともに、教えてくださった方に改めてお礼申し上げます。
また、歴史や仏教関係に造詣の深いM氏より、浅学なタヌポンにいろいろ大日如来や真言宗について教えていただきました。
その内容も以下に原文または要点を記します。M氏の推論も同時掲載。


木造両界大日如来坐像

木造両界大日如来坐像案内

利根町指定有形文化財となっている木造両界大日如来坐像。
というより、それがこの根本寺所有のものであるという案内標識。
実際の像は、M氏によれば資料館に保管されているということですが、まだ拝見していません。撮影も可能かどうか、またここに掲載してもいいかどうかなど不明です。



以下、M氏情報の要点

宝冠阿弥陀如来

木造両界大日如来坐像

宝冠を被っているのが珍しいとされる「宝冠阿弥陀如来」。(画像クリックして拡大できます)
これがなにも知らないタヌポンは最初木造両界大日如来坐像なんだろうと勝手に紹介してしまいました。
これについても、M氏からいただいた参考文を掲載します。(ほぼ原文どおり)


以下はM氏の推論ですが、興味深いのでご紹介します。

(08/01/22修正・08/01/19追記:Mさん、ありがとうございました)


山門

山門

瓦葺。

鰐口があり、享和3年(1803)、押戸村甚蔵銘があるとされています。

この山門は応順寺から移築されたと言われています。

ここは山門の前にいつも右隣の押戸集会所関連のものなのか、クルマが何台か駐車されてあり、なかなかいいシャッターチャンスがありませんでした。
やっとクルマがないときにパシャと・・・。



稲荷大明神

稲荷大明神

ここも正一位稲荷大明神。

この朱色の鳥居は、この辺りには珍しい神明鳥居系の宗忠鳥居という種類のようです。

眷属として白いキツネが両脇に設えてあります。

この稲荷に関しては文献が見つかっていません。

お寺と神社。ここの場合、根本寺のほうがどうも主体のようです。美しい本堂があるのにそれでも無住職とは・・・。この稲荷大明神のお世話をする方はどなたなのでしょうか。


押戸集会所近辺

3基の石塔

根本寺山門を出るとすぐ左手は押戸の集会所。
その前に祠と3基の石塔が立っています。





四郡大師

大師堂

ここにも大師堂がありました。

しかし、番号札は見当たりません。




石塔3基


利根町史には石塔として、寛文4年(1664)ほか3基、と記されています。ということは都合4基?
でも見た目は3基。いちばん左は仏像、いちばん右は四国巡礼の記念碑なのか11番とあり、脇には安永7年(1778)とあります。
真ん中も仏教関連の石塔のようです。

石塔 石塔 石塔

根本寺墓地前の地蔵

集会所裏手にはおそらく根本寺に付属する墓地があり、その道路側に2基の石像が立っています。
訪れたときちょうど右側の地蔵様の額にセミの抜け殻がついていました。(Columbus Blog 05/07/31参照)

石地蔵 石地蔵


さて、利根町の鎌倉街道−7は、交差点2から右にそれて押戸の根本寺までを紹介しました。
この道そのものは鎌倉街道からの脇道ということになります。


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(05/09/16)(撮影05/02/26・05/05/02・05/07/31)